保守点検の世界で、最も怖い言葉のひとつが「締め忘れ」です。
ボルト一本の締め忘れ。
端子一本の締め忘れ。
カバーを固定するビス一本の締め忘れ。
たった一本の見落としが、重大な故障や事故につながる可能性があります。だからこそ、エレベーターメンテナンス技術者は「確認をしっかりしよう」と何度も何度も繰り返し叩き込まれます。
もちろん、それは間違いではありません。しかし長年メンテナンス現場を経験してくると思うことがあります。締め忘れは、確認不足ではなく「習慣不足」なのだと。
人間は、どれだけ優秀でもミスをします。疲れている日もあります。急な呼び出しで予定が変わることもあります。電話が鳴ることもあれば、お客様から声を掛けられることもあります。集中力を途切れさせる原因はあちこちに潜んでいます。
作業は、いつも理想的な環境で進むわけではありません。だから「絶対に忘れないように気を付けよう」という精神論だけでは、ミスは防げません。本当にミスを減らす人は、確認することを「考える」のではなく、「体が勝手に動く習慣」にしています。
例えば、私はボルトを締めたあと、必ず工具をもう一度当てます。締めるためではありません。「締めた」という事実を、自分の手に記憶させるためです。
作業が終われば、取り外した部品の数と取り付けた部品の数を確認します。工具を片付ける前に、作業箇所をもう一度見渡します。そして機械室を出る直前に、振り返ってもう一度確認します。
誰かに言われたからではありません。気が付けば、そうするのが当たり前になるほど繰り返してきたからです。この「当たり前」が、習慣です。
経験豊富な技術者ほど、派手な技術を持っているように見えるかもしれません。しかし実際には、特別なことをしているわけではありません。
基本動作を、何年、何十年と繰り返しているだけです。
ボルトを締める。
指差しで確認する。
工具を数える。
床を見る。
忘れ物がないか確認する。 一つひとつは数秒で終わる作業です。
ですが、その数秒を省略しない人ほど、大きなミスを起こしません。まずは同じ手順で作業すること。毎回同じ順番で確認すること。
これを繰り返して体に染み込ませていきます。なぜなら、人は迷うと手順を飛ばすからです。その場の思いつきで動けば、「あれ、ここ締めたかな?」という瞬間が必ず生まれます。反対に、いつも同じ流れで作業していれば、途中で電話が鳴っても、お客様に話しかけられても、戻る場所が分かります。
習慣とは、自分を助けてくれる道しるべなのです。
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